#16 Military Government
(2004.10.31)
 
―― OCU陸防軍ノーサンプトン基地 ――

「キャニオンクロウ。きみが以前から必要性を訴えていた遊撃機動隊だ。柔軟に迅速に独立して活動することのできるヴァンツァーによる精鋭部隊。このチャンスを逃すべきではないぞ、ウィラス」
OCU陸防軍作戦本部長のパトリック・マクダウアル大将は、革張りのソファにいっそう深く座った。
「傭兵部隊ということですが」
遊撃機動隊キャニオンクロウの管理官に任命されたウィラス・ブレイクウッド中将は、黒塗りのつややかなテーブルに落としていた視線をマクダウアルに向けた。
「正規軍では埒があかん。指揮官は及び腰で、兵士の士気は低いときている」
「傭兵の寄せ集めで統率のとれた部隊が運営できるものでしょうか?」
「その点はについてはご心配いらない。兵士の候補者数名は元OCU陸防軍のヴァンツァーパイロットだ。それと――隊長にはナタリー・ブレイクウッド中尉を考えている」
「ナタリーを!?」
聞きまがうはずもない実娘の名にブレイクウッドは目を丸くした。
「そうだ。適任だと思う」
マクダウアルは平静にいった。
「人事局は許可したのですか? 指揮下に親族がいてもよいと?」
「それ以前に傭兵を雇うことをひどくいやがっていたようだがね」

ブレイクウッドは自分の直轄の部隊にナタリーが入るなどとは今まで考えたこともなかった。親兄弟が近い指揮系統や同一の作戦任務を与えられることはまずないというのが暗黙の了解として、陸防軍のみならず国防軍にあることは知られている。だから、はじめから「娘が指揮下に入ったとしたら」という無用な心配をしなくてもよかったといえた。ところが、自分の下命でナタリーの運命が左右されるかもしれないという現実が突きつけられた。しかも、あろうことか実態がよくわからない傭兵部隊に配属という難事である。

「こういう考え方もできないだろうか、ウィラス」
マクダウアルは考え込んでいるブレイクウッドの心中を察して、一語づつゆっくりと切り出し、一呼吸おいて続けた。
「君の娘は、君の目の届くところで、君の管理する部隊の隊長として任務を行う。部隊が君の管理下にあるということは、すべての行動を把握できるし、好きなときに通信を確保して娘の声を聞くこともできる。しかも現代的な戦争で不用意に危険な作戦は行われることはないし、国際条約が娘の人権を守ってくれる。2万キロ離れたアフリカのジャングルで野蛮なゲリラ退治をさせるよりは安心だとは思わないかね」

ブレイクウッドは鼻を鳴らして、暗い笑いを漏らした。
前線の遥か後方で暮らす者の理屈を戦場に持ち込むのは迷惑な話だ。死に物狂いで向かってくるゲリラの頭には“人権尊重”などという瑣末な決まりごとなど吹き飛んでしまっているか、はじめから知りもしない。かつて、戦場で遭遇した血走った戦士の目がブレイクウッドの脳裏を過ぎった。
「ゲリラよりはましといえなくもありません。私の父のブルース・ブレイクウッドも、私が戦地へ赴くとき、何もいわずに見送ってくれました。私も父として潔く我が子を送り出せねばならないでしょう」
ブレイクウッドのしかめつらが不意に緩んだ。上官としても、父としても子を見守ることができることが、恵まれているのでは思えてきた。
「そのとおりだよ、ウィラス」
マクダウアルは小さく数回うなずいた。

「ところで、元OCU兵を雇うということらしいですが――」
内線の呼び出し音にブレイクウッドの質問は遮られた。マクダウアルが緩慢な動作でスピーカフォンのボタンを押すと「オルソン大佐が見えました」という参謀の明瞭な声が聞こえた。マクダウアルは「通せ」とだけいうと、体を起こしたついでにテーブルのコーヒーカップを手に取り、再び深く腰掛けた。

部屋の扉が開き、長身の男がきびきびとした足どりで二人の将軍の前に来て、気をつけの姿勢をとった。鋭く完璧な敬礼をしていった。
「遊撃機動隊司令グーリー・オルソン大佐、命令により出頭いたしました」
ブレイクウッドも機敏な動きで立ち上がり答礼した。マクダウアルはソファに深々と腰を下ろしたまま、右腕を肘掛からわずかに浮かして応えた。
オルソンは背が高くがっしりした体つきで、浅黄色のオールバックに青い目の冷たい視線をブレイクウッドに据えていた。
「ヴァンツァー部隊の指揮についていい評判を聞いている」
ブレイクウッドは目だけを素早く動かしてオルソンの足元から頭の先まで一瞥した。職務や上官への忠実さはうかがえたが、誠実さは感じられなかった。
「将軍のご家族のご高名もうかがっております」
情報部から転属になった士官はユーモアを感じさせない笑みを一瞬浮かべると、ブレイクウッドが話を続けるのを拒むかのように、間髪いれず顔をマクダウアルに向けた。
「マクダウアル将軍、すぐにバリンデンに向かわないといけませんので、できれば手短に願いませんか」
上官に対し「手短に」などという慮外な物言いは気にもとめず、マクダウアルの表情が明るくなった。ブレイクウッドはよほどよい知らせなのだろうと思ったが、返すマクダウアルの口から出た名前に耳を疑った。

「ロイド・クライヴをみつけたか!」
ロイド・クライヴ。ラーカス事件で行方不明という話だが、彼を見つけたことにどんな意味があるというのか。オルソンや新しい部隊と関係があるのか。ブレイクウッドは“勘”を当てにしない方だったが、そのときにぴんときた考えには疑う余地がない気がした。

ロイド・クライヴは傭兵としてナタリーの部隊に入るのだ!
(了)