―― 日防軍横須賀基地 ――
「ほら亮五、サボるなよ!」
「なに?まだ働くのぉ……」
霧島重工でヴァンツァーのテストパイロットを務める2人の若者が、新型のヴァンツァー“春陽”の納品のため、日本国防軍横須賀基地内でその搬入作業を行っていた。
「いいから、早くしろ!」
カズキに叱咤された亮五は緩慢な動作でヴァンツァー乗り込んだ。
そのとき――
巨大なストロボを焚いたかのように周囲が一瞬の間パッと明るくなり、やや遅れて何か大きな塊が崩れたような音が場内に響いた。基地内のスピーカーは、緊急サイレントともに、施設内で大規模な爆発があったことを直ちに伝えた。
「爆発事故だって!?」
「基地は広いんだ、ここは安全だよ」
「ばか野郎、基地の中にはアリサがいるんだぞ! 様子を見に行ってくる!」
「おい、どうするんだよ!?あぶねぇぞ!」
激昂したカズキの耳に亮五のことばは届かなかった。カズキはヴァンツァー“春陽”に乗り込むと手際よく起動操作をこなし、出力リミッターを解除した。春陽は荷台から飛び降り、爆発のあった方向に転回した。
「始末書なら後でいくらでも書いてやる!」
「俺はどうなっても知らねえぞぉ!」
カズキの突飛な行動に面食らいながらも、亮五は先行機に続いた。納品予定の2機は、謎の爆発事故で騒然となる基地内を走り出した。
「そこのヴァンツァー、何をしている。 直ちに停止せよ!」
緊急事態に対し素早く出動した2機の日防軍のヴァンツァーが、見慣れぬ新型ヴァンツァー2機に警告を発した。カズキと亮五はヴァンツァーをぴたりとその場に停止させた。
日防軍の2機は左右に適度な間合いを取って、爆発現場へ通ずる搬入路を塞いだ。
「非常事態なんだ! そこを通してくれ!」
「この先は事故現場で立ち入り禁止だ。停止しない場合は攻撃を加える事になるぞ!」
カズキは兵士の命令が腹立たしかった。妹が爆発に巻き込まれたかもしれないというのに、この頭の固い軍人は助けにいくことを認めようとしない。そればかりか、自分を攻撃するとまで脅してきている。ここで話をつけて奥に進むこともできるかもしれないが、時間を無駄にしたくない。無理やり突っ切ってもあとで事情を説明すればいいだろう。こちらには正当な理由があるのだ。
テストパイロットが乗る2機の春陽は、行く手を阻むヴァンツァーに向かって歩を進めた。
「警告を無視するつもりか!?……やむを得ん、少し脅かしてやれ」
日防軍ヴァンツァーの1機が速やかに射撃姿勢をとり、カズキの春陽へマシンガンを発砲した。
「うわぁ!?」
実験場で受けたことのある弾丸とはまるで威力が違っていた。装甲を叩き貫く衝撃がアクチュエーターや合金フレームを伝わってコクピットの計器をビリビリと振るわせた。
「本気で撃ってきてるぞ! 俺達を殺す気なんだ!」
「待てよカズキ、脅しだろ。冷静になれよ」
亮五の落ち着いた声は、カズキの心情を逆撫でした。どうせ亮五は、他人であるアリサを本気で心配しているわけでないのだ。身を案じているならば、冷静でいられるはずがない。
「嫌なら帰れ、俺1人でもアリサを助けに行く!」
-- 選択肢 --------------------------------
⇒カズキに付き合ってやる
⇒カズキに付き合いきれない
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「わかった、やばそうだから俺は帰るよ。俺は人殺しにはなりたくないからな」
亮五はその場でヴァンツァーから飛び降り、搬入口に引き返していった。
「勝手にしろ!」
なおも、カズキの春陽は前進を続けた。
「なぜ、停まらんのだ」
まったく警告に応じる様子のないことに危機感を覚えた日防軍兵士は、たまらず無線機をとり上官に報告をいれた。
「黒井少佐、こちら西側搬入のドック。霧島より搬入作業中のヴァンツァー1機が制止を無視して現場に向かおうとしています!」
「戦闘を許可する。事故現場へは絶対に通すな! 今からそちらへ向かう」
「了解しました」
下命を受けた2機のヴァンツァーは、見慣れぬ新型機“春陽”に用心をお怠ることなく、じりじりと間合いを詰めていく。
「くそっ!」
不気味なほどゆっくりと迫ってくる日防軍機の姿に、カズキは死の恐怖を感じた。やはり軍は自分を殺すつもりなのだ。至近距離から撃たれればマシンガンといえど装甲がはじき返すとは限らない。やれる前にやるしかないのか……相手は2機だが、この最新機ならやってやれないことはない。
カズキはイグニッションキーを手荒く回し、「火器管制オン」の位置に合わせた。
始動の合図を受けたヴァンツァーは、感覚器たるレーダーやセンサーを使って瞬時に状況を把握し、目標となりうる2機のヴァンツァーを捕捉する。パイロットの操縦によりアームが動き、向かって右側の機体がターゲットに設定された。コンピューターは当該機との距離と移動速度を直ちに算出し、ショットガンの狙いに補正を加え、スクリーンにロックオンを示す赤枠を表示した。
操縦桿のトリガーが引かれると同時に、ショットガンは立て続けに弾丸を放った。高性能の電子頭脳は撃つ度に照準の精度を上げ、全弾がボディに命中した。衝撃でバランスを失った日防軍機の重心がぐらりと右から左に移り、そのまま左腕を地面に打ちつけるように倒れた。
ディスプレイの照準枠は画面左方へ移動し、友軍機の損傷であゆみを躊躇したもう片方の機体に狙いを定めた。照準枠は緑から赤へと色を変え、電子音と共に目標を捉えたことを知らせた。
「よし、いけるぞ!」
射撃音と共にドスンと鈍い音がした。
その銃声は春陽が装備したショットガンが発したものではなかった。そして、カズキの目に映っていたのは、日防軍機が倒れる姿ではなく、地面に放り出されたかのように横たわる自分の搭乗機のアームであった。
日防軍の対ヴァンツァーライフルは、高い学習値を持つコンピューター、訓練を重ねたパイロットの経験によってその性能を十二分に発揮し、最初の一撃でアームをボディから引きちぎった。もはや鉄塊となったヴァンツァーの一部は、ショットガンを握ったまま火花を弱々しく出している。
「そこまでだ! 直ちに武器を捨てろ!」
応援に駆けつけた黒井少佐率いる特殊部隊兵士により、片腕を失った春陽は完全に包囲されている。すでにヴァンツァー1機に発砲しており、少しの抵抗でも、身の安全が保障される状況ではなかった。
「邪魔するな!」
カズキの妹を思う信念は、圧倒的に不利な状況下でも貫かれた。残った片方のアームに装備されたショットガンを使うため操縦桿を動かした。パイロットの操作に従い電気信号に変換された指令はアクチュエーターに到達し、アームは微動した――。
特殊部隊の狙撃兵は、そのわずかな挙動を見逃さず、自らの任務に従って春陽のボディ中心に向けたライフルの引き金を引いた。弾丸は内部機構を覆う重層構造装甲を突き破り、コクピットのパイロットにまで到達した。
「通してくれ! 基地の中に俺の――」
無線から聞こえていた高ぶる声は途切れ、鉄の巨人は主人を失い沈黙した。
カズキは薄れていく意識の中で誰かが呼ぶのを聞いた。その声はアリサに違いないとカズキは思った。
「損害は?」
「哨戒ヴァンツァー1機が小破し、搭乗していた軍曹は軽傷だそうです。倉庫の壁など数箇所に被弾が認められますが、極めて軽微です」
黒井の傍らに立つ日防軍中尉が応えた。
「あのパイロットに関する情報はどうなっている?」
「現在、霧島へ該当人物を照会中です」
「もう一機の春陽は?」
「機体は放棄しパイロットはすでに施設外に逃走した模様。これも照会中です。それと……」
中尉は一瞬言い淀んでから、声の調子を一段落として続けた。
「黒井少佐、もうしわけありませんでした。私の判断がもう少し早ければ」
「いや、的確な処置で被害は最小限で済んだ。こちらから不用意に発砲していたら、逆上して暴走し、中尉の身も危なかったかもしれない」
「搭乗者は民間人のようでしたが……」
「武装したヴァンツァーを不正に使用して基地内で暴れた。そして、軍のヴァンツァーに発砲し、兵士ひとりを負傷させている。本意ではないが、しかたがないだろう」
感動のエンディングへ……