科学と倫理とイマジナリー・ナンバー
 
(2002.12.15)

パーフェクトワークスの164ページには、MIDAS奪取作戦に参加するエマの原動力となった「責任のとり方」について「科学者とその責任」と題された長い文書が綴られている。

いち科学者でしかないエマが戦闘に参加する不自然さを正当化するためのスクウェアの弁解なのか、パーフェクトワークス編者の見解を書き下ろしたものなのか不明ではあるが、ほかのページの記述とは一線を隔し、観念的な主張がなされている。

すなわち「科学は利用の仕方によって善ともなるし悪ともなり、科学者は発見に対して、その有用性と共に危険性も世に知らせなければならない」というもの。エマはそういった倫理観と両親の完成させた金原子核線の基礎理論を本来あるべき利用の仕方に修正するため作戦に参加した、としている。

その文書では、破壊兵器MIDASの開発にエマが参加していたかは定かでないとされているが、開発に参加せずMIDASの仕組みを知らない人間を作戦に参加させるはずもなく、優秀な科学者であるエマをわざわざ前線活動させたのだから、エマは兵器開発の中心的な存在であったことは間違いない。

ストーリーを知る者から「金原子核線はイマジナリナンバーのような優秀な頭脳をもった人間でないと理解できないのだから、エマが行くしかない」とツッコミを受けてしましそうだが、金原子核線理論を兵器という形にするのはエマ一人では到底無理な話である。コアを包む素材の切り出しから制御プログラムまで開発メンバー分担してが作業していたと考えるのが普通で、解体でなく回収だけならMIDASの仕組み(金原子核線の理論ではない)を理解できる核関連のスペシャリストを養成すればいいはずである。仮に作戦に参加したとしても不慮の事態に備えて助言するために待機する程度で、作戦行動をとるような参加はありえない。NESTの顧問だとかいう裏設定があれば、それはそれで面白いのだが。

パーフェクトワークスの主張する「危険性を世に知らせなければならない」という理念に則って考えるならば、責任のとり方として妥当なのは、2093年に理論は発表されているのだから、金原子核線の生み出すエネルギーのすさまじさは科学者の知りえるところであり、過去の歴史をみても火力時代の火薬・ダイナマイト、原子力時代の原爆・水爆と破壊力を秘めた物質や技術は兵器に応用されることは明白で、金原子核線もまた兵器としての力を秘め、科学者たちは実用化できれば危険なものになるという結論を出していたはずである。「フランクリポート」「ラッセル・アインシュタイン宣言」「パグウォッシュ会議」などのように、科学者は先端科学者である自分たちにしか知り得ない絶大な力を憂い行動を起こしている。

なぜエマを「わざわざ前線活動させた」のか、USNのねらいがわからないし、エマが(本人の意志を別としても)MIDASを作った本人としての責任のとり方が、「作戦に参加してMIDASを取り戻す」というのも腑に落ちない。

パグウォッシュ会議はノーベル平和賞を受賞するなど積極的な活動を続けている。2100年になっても核の脅威が続いているのなら、科学者による同様の組織が2112年の世界に存在する意義は大いにあり、存続しているだろう。2093年の理論発表から19年間あったにもかかわらず、横須賀・フィリピンで被爆者が出る前に科学者がいかなる警告も出さなかったのは怠慢であり、MIDAS開発者本人ならば予測がつきえた事態にエマがアクションを起こさなかったのはことさら問題である(確かに「人類はなにも学ばない」のである)。

無論、どこにも書かれていないだけでエマが金原子核線理論の危うさを以前から主張していたすることもできるのだが、世界設定の密度からいって、示されていないということは、そういう危惧を表明しなかったとせざるをえない。

冷酷な意見になるが、表明しなかったということは、エマは科学者として社会的な責任をまっとうしようとは思っていなかったとも言える。エマには当初から人類に対する責任をとろうなどというつもりはなく、リアルナンバーやイマジナリーナンバーが「誰かに対し絶対的な服従を植え付けられるている」ことから、エマは両親に相当な権威を感じていたので、金原子核線理論を両親が望んでいた利用法へ限定させたい、つまり「両親が望んでいたから平和的な利用に留めたい」と考えていた。それで、体を張ってMIDASを奪回しようと回収作戦に参加した。言い換えれば、両親が平和的利用を考えていなければ、エマもMIDASが兵器に使われることに何の不満もなかった。

エマが科学者として責任をとっていると他人(我々も含めて)の目に映るのは、観察者にそういう期待があるからで、エマ自身も自分がそういう目で見られることを知っており、それに倣って責任をとっているように体裁を繕っていたに過ぎない。

作戦開始以後、周囲の人々の影響でエマの心情に変化が生じたかもしれないが、少なくとも物語開始時点のエマの脳裏には「人類をMIDASから救う」などという崇高な理想はなかった。真に人間らしいイマジナリー・ナンバーは、自分を犠牲にしてMIDASの拡散を防いだアリサ一人だったのではないか。