Yakyt
北緯62度。レナー川の流域(下流域?)、永久凍土の地域に位置。5月半ば頃から白夜。夏には永久凍土の表面が溶けて、一面湿地帯になる地域もある。短い夏が終わると気温はマイナス50度を下る。
首都はボルクタ。2064年時の総人口は68万人(2064)と公表されているが、新興国であるため人の出入りも多く正確な定住者数は不明。鉄道がないため、道路交通が主。ロシア語が公用語で、ヤクート語を話す人はほとんどみられない。通貨単位はタバガ(Tbg.)。
2024年、民族独立を要求する人民戦線が結成された。これを受け、ヤクート最高会議はロシアからの独立を決定するが、ロシア政府からの経済制裁や武力介入が長期に渡って行われたため、民族独立は困難を極めた。2048年になって、ロシアより独立を果たすが、内政状況は非常に不安定であり、ヨハンセン率いる反体制派が国内の主要施設を掌握していった。
ソサエティ影響下の反政府軍の動き
反政府軍は政府軍を装いシャダクなど市街地を襲撃し、市民を強制労働させ、銀行で略奪行為を行っていた。
反政府軍傭兵カーネルライト協会のグレイブナーらがシャダク市街で反政府軍と戦闘を起こしたことで、反政府軍の市民強制労働や銀行襲撃などが発覚。市民たちは反政府軍に対し蜂起し、ヨハンセンは国外へ逃亡した。また、グレイブナーらによって主力兵器ツェルネンコを失った政府軍も弱体化に向かったため、政情不安が懸念される。